| Sumario: | 本論ではグレン・アルブレヒト (Glenn Albrecht) 他の理論を用いて、カナ ダの気候変動短編小説における「場所の病理学 (place pathologies) 」 (Albrecht 2009) について検討する。ソラスタルジア (solastalgia) とは、エコシステ ムと人間の心身とを相互に関連付ける、場所に基づく環境不安の形式を指す。 本論では 2017 年から 2024 年に出版された、カナダ、及び国際的なアンソロ ジーから 3 篇を採り上げる。これら 3 篇はそれぞれ個人的かつ私的に特定の 場所について具体的に語る物語であり、主人公たちは物語の舞台となる場の 自然の崩壊を悼んでいる。これらの物語はどれも人間の身体と環境との相似 性――ヘザー・ハウザー (2014) も追及した環境文学の主題――について探 求しており、アルブレヒトのソラスタルジアの概念とも一致している。 第 I 章は、グローバリゼーション、地球環境学および環境危機による、短 編小説というジャンルへの表象――殊に場所の表象――に対する異議申し立 てについての概説で始まる。続いて、感情と身体、そして場所を融合して、 ヘザー・ハウザーの言う「感情と語りの代替的認識論」の創出手段となる短 編小説固有の可能性、つまり人間例外主義を脱中心化し、気候危機を前にし て行為主体を可能ならしめ、回復力を育む潜在能力について論じる。また第 I 章は、気候危機に対してこれらのアンソロジーが果たす独自の役割、つま りこれらが多様なジャンル、声、アイデンティティをひとつにまとめ、場所 と気象変動による事象とを結びつけることで、読者に気象変動について地球 規模で理解を促していることも論じる。それゆえ、本論第 II ~ VI 章は、こ れらの作品が掲載されたアンソロジーの編集者による注釈の簡潔な分析と なっている。ここでは、これらのアンソロジーの、気象危機やジャンルの問 題、場所の表象――特に個人的で私的な一人称の物語形式として描かれた場 所の病理学――に対する作者の立場について考察される。 第 II 章から第 VI 章では、3 編の短編小説の読解を行う。『Cli-Fi――カナ ダにおける気候変動の物語』 (Cli-Fi: Canadian Tales of Climate Change, 2017) 所収のショーン・ヴァーゴ (Seá n Virgo) 著「我がアトランティス」 ("My Atlantis, "2017) は、若き日の思い出 ―― そして教訓 ―― を抱く生まれ故郷のイギリスの荒れ地の「溺れ谷」へと戻ってゆく年老いた亡命者を主人 公としている。『おとぎ話はもう結構 ―我らの星を救うための物語』 (No More Fairy Tales: Stories to Save Our Planet, 2022) に掲載されたエリザベス・ クルツ (Elizabath Kurucz) の「大地より立ちて」 ("Ground Up") は、環境意 識に目覚めた若者が、自分と家族の土地に先祖代々の農地を回復させるとい う自己変容の物語である。リン・サージェント (Lynne Sargent) の「踵 きびす に開 くハイビスカスの花」 ("Hibiscus Blooms at Her Heels") は、2024 年刊行のア ンソロジー『扉の外へ ―希望に満ちたディストピアの物語』 (Through the Portal: Tales from a Hopeful Dystopia) 収録の、先住民を主人公とした思弁的 ディストピア SF 作品 (Indigenous speculative fiction) である。本作は母と娘 の関係に焦点を当てた世代間の物語であり、エデンの園のモチーフを用いて、 自然の再生の中に先住民の知恵の可能性を探求している。
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